運命に気付く前の、


nekoへのお題は『「今日、僕は命を奪いました」「貴方の亡骸」「ああ、本当にこれで…」』です。何も知らない。どれを選ぶか君次第。
お題で短文ったー https://shindanmaker.com/301593



 とん、と、軽く背中を押すと、彼は呆気なく僕の視界から消え去った。軌条に落下するのと同時に、騒音と共に駆け抜ける金属の箱。ぐしゃりと骨が潰れる音と、肉の焦げる臭いに、僕は唇の端を持ち上げた。
 ああ、神様!僕は今、彼の命を奪いました。これで僕は、彼という存在を越えることができますか。


 喪服に身を包んだ母が泣いている。その肩を抱く父もまた、眉間に皺を寄せていた。彼らも人の死で悲しむことがあるのか、とぼんやりと思う。
 面識のない僕は出席することを許されなかった、彼の葬儀。肉片となった貴方の亡骸を前に、一体僕はなにを思っただろう。
 生の温もりは、未だ両手から消えない。


 彼のいない日常。空虚な日々。両親は未だ悲しみに暮れている。僕が死んでも、きっと彼らは涙のひとつも零さない。
 畜生、畜生、畜生!
 殺しても犯しても晴れない心の靄を、どう消し去ればいい!
 急いた心。雨に濡れた側溝に取られる足。燃えるように腹部が熱い。僕は、死ぬのか。ああ、本当にこれで……


2018.2.22