ラブソングを歌うよ


 ――全て終わった。
 玄関の扉を開け一歩中に入ると、どっと疲れが押し寄せてきた。フルネームと生活圏を知っていた塚原音子はともかく、ルリという女の子の素性を調べるのはそこそこ骨が折れた。だが、為すべきことは達成した。もうこの世に僕の本性を知る者はいない。
 憧れの人と同化するという目的を果たし、狭間の世界で接触したふたりの女の子を抹殺した。全て望み通りになったはずなのに、胸の真ん中に巣食う虚無感は晴れることはない。
「案外、友達になれるかもしれませんよ」
 奇跡が起きる可能性は、彼女の逃走によって無に帰した。現世で向かいあった彼女の瞳を思い出す。蜂蜜色のそれに映るのは、戸惑い、拒絶、恐怖――。そんなもの、僕は望んじゃいなかった。
 靴を脱ぎ、防音設備の整った部屋へと向かう。
 トランプゲームをした。一緒に紅茶を飲んだ。他愛ない応酬。何気ない時間。そんなささやかな日々に、希望を見出した僕は、とんだ大馬鹿者だ。
 それでも、彼女と紡いだ一時を、僕はきっと忘れないだろう。
 黒い蓋を持ち上げると、規則正しく並んだ白と黒が飛び出してきた。記憶を辿りながら、鍵盤に指を落とす。君の好きなアイドルのラストステージ。いや、あの子自体はそこまで好きではなかったのか。彼女が誰を好きだろうと、今となってはどうでもよいことだけれど。
 塚原音子。これが僕からの、君への献花。橙色に染まった世界で、僕と友達になろうとした女の子。そして、そんな女の子に僅かな奇跡を夢見た男への手向けの花。


2018.3.14